ファッション続き。

2003年7月18日
最近のスカート丈が短いのは小柄な子にはけっこう似合うよなー、と思う。
というようなことを友達に言ったら、
最近のアシンメトリーとか裾ひらひらのとかでひざ丈くらいのって、小柄な子は着にくかったんじゃないかなー、だから短くなってすぐとびついたんじゃないの?
てなことを言われて、なるほど、と思った。
でもわたしくらい背丈があっても、ひざ丈くらいのスカートって難しいんですけど。。。


さ入れ言葉。

2003年7月12日
というらしい。
だいぶ前からわたしは気になって気になってしょーがなかったんだけど。

「始めさせていただきます」
これはいい。

「送らさせていただきます」
とか
「移らさせていただきます」
これはヘン。

「送らせていただきます」
でいいじゃないか。

でも前者の言い方をする人が、最近どんどん増えてる気がする。ある程度歳いった人でも。

「〜らさせて」
というのは、
「させて」の前の母音がAで「させ」というのが両方子音がSというところが、基本的には発音しにくい言葉なんだと思うし、実際すごく発音的に言いにくそうに言ってる人が多いと思うのに、なんでわざわざこんなヘンな言い方するんだろ。

わたしが大嫌いでたびたび書いてる「〜のほう」にしても、それで丁寧に言ってる「つもり」なんだろうとは思うけど、わたしは逆に、国語力のなさというか浅はかさを感じるぞ。

まあこれも、「ら抜き言葉」のようにそのうち普通に普及していくのかなぁ。
それはなんか嫌なんだけどしょうがないのかなぁ。。。
(一応わたしは、「ら抜き」は口では言ってしまうことも多いけど、口語というか正式じゃないことは知ってるから、正式な文章では絶対に書かないようにしているのだけど。。。)
でも「ら抜き」はその方が発音的に楽だからそうなってるような気もするんだけど、「さ入れ」は発音しにくくしてるじゃないか!と思うんだけどなぁ。。。

服装とか。

2003年7月11日
たしかにわたしの服装の趣味はわりとコンサバティブだとは思う。
でも一応、道行く人を見ていれば流行くらいわかる。と思う。

春くらいから突然スカート丈が短くなってきた。特にスーツのスカートが短くなってると思うのはわたしだけじゃないと思う。
でもわたしは、この歳でこの身長であんなミニスカートのスーツなんか着たらなんか水商売っぽくなる(この言い方は悪いかもしれないけど)感じがするからたぶん着ないな。と思った。
でも短めのパンツ丈は、うまく選べば悪くないということにも最近気付いた。
靴とのバランスかも。

あと、最近(というかやっぱり春ごろから)でてきてまだひじょーに違和感があるのが、ベージュのストッキングで柄つきのやつ。最初穿いてる人を見たとき、ちょうどふくらはぎの後ろ側に縦にラインが入ってるやつで、何と言うか、皮膚に縫い目が入ってるみたいで(!)気持ち悪かった。
その後も最近たびたび見るようになったけど、やっぱり皮膚に模様というか縫い目というかが入ってるようで、なんか気持ち悪い、と思うのはわたしだけだろうか。。。
色つきの柄ストッキングはそんなに気にならないんだけど、、、でも下手したら足の太いのを目立たせてるだけだぞ、と思う人も多々いるけど(笑)

あとこれは流行とかじゃなくて最近わかったこと。
わたしはカーディガンが似合わない。
肩がはっていて胸がなくて胴が細いから、そのラインの出かたがバランスが悪い。
それなら普通のTシャツの方がよっぽどいいし(肩があるからちょっとゆったりめでもそれなりに格好がつく)、普通のシャツの方がずっとすっきり見える。
襟つきのカットソーも意外といけるかも。ということもわかったから、夏のバーゲンではそーいう服を探してみたりしているのだけど(シャツはアイロンをかけるのが面倒)。
でも忙しくてバーゲンに行っているヒマがなかなかないぞ。。。

猫。

2003年7月7日
猫派か犬派かっていったらわたしは間違いなく猫派だ。

最近帰り道の路地裏に子猫連れの猫がいる。
なかなか面白い。
子猫の警戒っぷりも、でも好奇心丸出しなのも、親猫(たぶん)も警戒しているようで全く警戒心なさそーな態度見せるし、とりあえず愛想いいし。
ちょっとおちょくっていたらパン屋の袋に飛び込んできたのには参ったけど(笑)

でもわたしは別に、猫を飼いたいとは全く思わない。
外で猫と目があって相手(?)が挨拶すれば挨拶する(??)し、遊んでほしそうだったらちょっと(キーホルダーとかストラップとかで(笑))遊んでやる程度には猫好きだけど。
その程度で十分なんだよなぁ。

ちなみに別に犬に会っても挨拶しようとは思わない程度には猫ビイキ(爆)


。。。たまにはのどかな(?)話題でも。

久々に。

2003年7月2日
血液検査でひっかかって強制的に鉄剤を買わされた。。。
生理中に血液検査したら貧血なんだってば。どーせ献血はできないし別に困ってないからいいんだけどなぁ。。。
とは言いにくいものの一応言い訳というか抵抗というかしてみたけど「でも普段十分なのが突然値下がるわけじゃないでしょ」と言われとりあえず一か月分。

でもわたしはどーしても薬「買わされた」と思ってしまうのだけど。。。(←薬作ってる会社で働いてるくせに何を言うか(爆))
だって別にこれ飲んでても何も自覚症状は変わらないんだけどなぁ。。。

たぶん大部分の人は怒ると思いますが。
(←前もって言い訳。)

このご時世に大部分の人が7時には帰ってるってあたりで、うちの会社って結局人が余ってるんじゃないかなー、なんて思ってしまった。

まあもちろん残業する方が偉いなんてそんな短絡的には思わないけど。
夕方6時7時にエネルギー有り余った状態で更衣室にいる人間がこんなにいるのかー、なんてことを改めて知って逆に驚いた。
(わたしは最近超忙しかった(といっても朝8時から夜8時過ぎまでほぼ休憩無しで仕事している程度)ので、久々に仕事がちょっと一段落したから早めに帰ってみた(=7時くらい)のだけど。)
このご時世、日付けが変わる前に確実に帰れるだけでも御の字だと思うんだけどなぁ。。。
(←だからこんなこと言うと怒られるってば(苦笑))


今業務の効率化だとか何だとかでいろいろやられているらしいけど、そりゃあまだまだ効率化する余地は多いにあると思う。わたしから見れば。
でもやっぱり、結局既得権を持っている人(=てきとーに仕事してかなりのお給料貰っている人たち)は手放したがらないもんだよなぁ。当然ながら。

そういう人が一部にいる、こと自体は別にいいんだけど。とも思うんだけど。
結局きれいごとかなぁ。。。

そーいえば「働きアリの法則」というのがあって、
「働き者の働きアリ」が2割、「働かない働きアリ」が8割いたとして、その2割の「働き者の働きアリ」を集めて集団を作り直してみたら、そのうち8割は働かなくなる、らしい。
てことはやっぱり、残り8割も必要なのかねえ。

(きっとわたしは、何回選抜されても働く2割に残ってしまう方だろーなぁ。それがいいか悪いかは別として(わたしはそれでいいと思ってるけど)。)

えーと。

2003年6月6日
しばらく放置しているうちに気が付いたら10000hit越えてました。みなさまありがとうございます。(笑)

でも忙しいっす。。。
というわけでとりあえず元気です。
それだけ。


久しぶりですが。

2003年5月2日
すげー久しぶりな気がしますが。
今日は連休中で(全社的に)休みで何となく久しぶりにヒマで家中掃除してひと休み、中。
というわけでこれから日付けをさかのぼって覚えているネタを書くかも。


言葉遣い。

2003年4月30日
何度も書いているけどわたしは言葉遣いにうるさい、方だと思う。
でもこういうのって、嫌なのはすぐ気付くけど、あ、いいな、ていうのはなかなか気付きにくかったりするのだけど。

わたしは前から、男の人が自然に「私は」と言えるのは格好いい、と思っている。もちろんくだけた席では僕でもオレでもいいんだけど、そこからさりげなく、たとえば目上の人と話すときにはすかさず「私」にすることができる、というのが格好いい。と思う。そしてそれが、歯が浮いてなくて自然であることが。

で、この間電車に乗ってて聞こえた会話でちょっと感動したこと。
男の人二人で話していて、明らかに上司と部下っぽかった。で、その若い方の男の人が何か意見のようなことを言うときに、「私(わたくし)は個人的には、〜」と言った。
その先の内容を聞く限り、これって一歩間違えば「オレ的にはー、」ってやつ、だよな。と思ってびっくりした。
わたしだってつい「あたし的には〜」って言っちゃうよな。相手が上司でも(まあ実験のディスカッションはかなりくだけた話し方にはなるんだけど。。。)。
失礼だけど、一見とてもそんな話し方ができるような感じには見えなかっただけに驚き&感動だった。
やっぱりそーいう人は仕事もできるんだろうか(笑)

あと、ちょっとちゃんとしたショップに行ったとき(デパートの中のテナントじゃなくて独立したショップ)、店員さんとすれ違ってぶつかりそうになったとき、その店員さんは一度も「すみません」と言わなかった。「ごめんなさい」「申し訳ありません」「大丈夫ですか」、のような言葉はいくつか咄嗟にたくさん出てきた感じだったけど、その中に「すみません」がなかったことがすごいと思った。

咄嗟に「すみません」以外の言葉が言える人は格好いい、と思いますよ。
というわけで自分も努力しよう。。。(苦笑)


大掃除は年3回

2003年4月29日
年末とGWとお盆。
ということでどうでしょう?
そーすればだいたい4か月に一回でしょう?

。。。もっと普段マメに掃除すればいいんでしょうけど(爆)

というわけで大掃除しました。
一応普段から、床とお風呂と洗面所はそこそこ掃除しているし、トイレもまあ気付いたときには掃除している、程度。
いちばんやばいのが台所。ちょっと油断してると大変なことになる。。。

でもこれから暑くなるからなー。。。お風呂のカビも警戒だし、収納に湿気取りも入れなきゃやばいし、消臭剤もだいぶ切れている。。。

というあたりで材料不足で終了でした。

とりあえず台所を掃除して片付けて、一応窓も床も拭いたからよしとしましょう。

お手本?

2003年4月28日
行動にお手本は本当に必要なのだろうか。
わたしは逆に、人と同じ道を行くのは嫌なんだけど。

「お手本になるような人」っていうのは必要なんでしょうか。
行動モデル、というべきか。
とにかく行動モデルとなる人を輩出すべき、とか、わりと平気でそーいう議論をしている人もいるみたいだけど。
成功している人とか、働き続ける女性とか、結婚しない人とか、シングルマザーとか、出産して復帰する女性とか。
そんなの人それぞれで、自分はどれにもあてはまらなくたっていいじゃないか。

自分はどれにもあてはまりたくない。
お手本なんていらない。

そんなのなくたって、自分で考えろ。
それは強者の論理なのでしょうか。


2003年4月1日
桜咲いちゃいましたね。突然。


わたしは桜自体は好き。桜餅も大好き(←なんか違う?(爆))。
だから純粋に読んで字のごとくな「花見」はかなり好き。ぼーっと桜咲いてる下通って遠回りして歩いたり、枝の真下で至近距離で観察してみたりする。

でもしかし、世の中の花見を理由に大騒ぎする連中はいったい何なのだろう。

今マンションの近くの公園(らしきところ)でサラリーマンらしき人々が大騒ぎしている。部屋までその騒ぎ声がきこえる。
こんなとき本気で嫌になる。

外で酒飲むのは別に悪くないと思うのだけど。
なんというかまぁ。。。いい大人がそんなバカな騒ぎ方するんじゃないよ、って思ってしまうんだよなぁ。。。


というわけで咄嗟のうさばらし。

ただでさえくそ忙しいのに、この期に及んでハマってしまった。

FF-X2。
(ファイナルファンタジーX-2)

そんなヒマあるのかー、って思いながらハマってます。
放っとくと休みの日とか延々とPS2と戦ってるし。さすがにもう平日夜中まではやらないけど。

というわけでnetまで手が回ってません。。。


フラバ?

2003年3月17日
というほどでもないだろうけど。

自分ではもう全然気にしてないと思ってた。
もう全然大丈夫だと思ってた。

でもきっかけがあると思い出しちゃうもんなんだなぁ。


別に実害はなにもなかったからいいんだけど。

こういう気持ちになったということ自体に、ちょっとびびった。



「すみません。」

2003年3月12日
という言葉をつい使う人も多いけど、けっこう気にする人も多いと思う。

たしかに便利だからつい口をついて出てしまうことも多いけど。
でも本当は、極力他の言葉で言えることなら「すみません」は避けようとは努力してる。

本当に悪いと思ったら
「ごめんなさい」
「申し訳ありません」
でいいんだし
感謝なら
「ありがとうございます」
でいいんだし
「恐れ入ります」
「失礼します」
が適している場もあるはずだ。

「すみません」
はどんなときでも使えるようで、
連呼されるとみっともない言葉なような気がする。

「すみません」
でいいのは最初に声をかけるときだけじゃないのかなぁ。


ど―でもいい話だけど。

スキー

2003年3月9日
とっっっても久しぶりにスキーしてきました(ずっとボードだった)。

いちばんびびったこと。
ガケ(というか3mくらいの段差)から落ちた。
思いっきり顔というか体の前面全体で落ちたから全然無事だったけど。

そういえば今までけっこう無茶してきてるけど大怪我はしたことないからなぁ。

まあ思ったより何とかなったし面白かったかも。
わたしは歩くのが早い。
特に通勤時とか、どこかに向かっているときは、ゆったりのんびり歩くことができなくて(意味もなく極力早く着きたいと思ってしまう)、つい全速力で歩いてしまう。
別に遅刻しそうだとか急いでるとかでなくても。
もちろん急いでるときも多いのだけど。

そんなときに、道のど真ん中をたらたら歩いてる人がいるとけっこう本気で、ムカっとする。
別にゆっくり歩くのが悪いわけじゃない。
ただ、急いでる人もいるのだから、もうちょっとだけ端に寄ってくれればいいだけなんだけど。

「こっちはそんなに早く歩けないのよー、それを邪魔だ!みたいにつきとばして行かれると腹立つよねー!そんな急いでどこに行こうってのよー!」
なんてことを言うオバさんは多い。(含うちの母)
でもそれはそっちの勝手な都合であって、急いでる人には急いでるなりの理由があることだってあるのだから、もう少し端に寄るくらい何の問題もないはずだと思うのだけど。
もちろんこれも、それに苛立つせっかちなわたしの勝手な言い分なのだと思うけど。

確かに人間は結局自己中だから、自分が急いでるときは「邪魔だ」って思うし、自分が急いでなくてゆっくり歩きたいときは「そんな急いでどーすんだ」って思う。それはわたしだってそうだ。
だから一応、どっちの立場になっても、逆側の立場の人をないがしろにしないようにすればいいんだろうけど。


あとそれから。
電車で目的の駅で階段に近い車両とかドアとか、どっち側のドアが開くとか、わたしはけっこう気にする方で、たとえば目的地まで右のドアは開かないとわかっていれば右のドアの前にはりついてたりする。
でもこないだ、つい目の前の座席が空いて座っちゃって、のんびりと人の動きを見ていたら、乗ってくるや否やそーいう「目的のドア」に向かっていって、一分一秒でも早く目的地に向かって飛び出そうとしてる人ってけっこういるもんだと思った。
特に朝なんか、なんかがつがつしてるというか、人をさりげなく押しのけ押しのけしてドアの前にはりつく人が多くて、何となく妙な感じがした。
自分も急いでない人から見たらこんな風に見えてるのかな。。。

(たしかにわたしはたいていいつも急いでるけど。。。なんか「ゆっくり」ってのは苦手。時間がいくらあっても足りないと思うから。)

一週間全く自宅のPCを立ち上げなかったのも超久しぶりかも。。。
まあ要するに仕事がめっちゃ忙しかったのですが。
でもある意味では、ちゃんと会社のPCで仕事ができるようになってきたってことな気もする。

どういうことかというと。
わたしは昔は、人の見ている前で仕事をするのが嫌いだった。
今でもあんまり好きではなくて、一人の方が気楽ではかどるのは確かなのだけど。
それは、前にいた環境では特に、たとえば締め切りよりもずいぶん前から仕事にかかるとなんとなく、「もう始めてるの〜?」みたいに言われる(直接だけじゃなくて影で言われることも多かった<-自分以外の人が、その人がいないところで言われているのをよく聞いたので、たぶん自分も言われていたんだと思う)ことが多かった気がする。
そしてそれは、雰囲気的に、あまりいい意味じゃなくて、からかうというかバカにするというかそういう雰囲気を(わたしは)感じていた。
わたしはそれが嫌で嫌でしょうがなくて、だからそんなこと言われないように、締め切り直前までは影で仕事を進める(表面上は手をつけてないようにみせる)ようになっていった。
それはそれで、「気が付いたらちゃんとできている」的に見られるから、それなりに気分はよかったし面白かった。
だからますますハマって、要するに秘密主義がエスカレートしてたんだと思う。

だから会社入ってからもなんとなく、「皆の前で」仕事を進めるのがいまいち苦手で(とくにデスクワーク)、こっそり家に持ち帰ってたりしてた。
でも今の職場では、誰もそんなこと言う人はいない。
仕事のしかたは人それぞれで、それに対してけなすような言い方する人はいない。
ということがだんだんわかってきた。

そしてそれがわかってきてから、だんだん「人前で仕事をすること」が苦じゃなくなってきた。
だからちゃんと仕事は会社にいる間にやれるようになってきたし、だから家のPCで直接仕事をする必要もなくなってきた。
(仕事に間接的に役立つかもしれない勉強はするけど)
そーすると会社にいる時間が長くなるから仕事がはかどるようになったのかな。
でもそれでますます忙しくなってる気もするのだけど。
今の「忙しい」はわりと気分的には快適なのでいいんだと思います。


(2/28に書いてます。ネタを思い出したのでとりあえず。)
―――


また言われた。

「理解力はあるんだけどそれと仕事ができるってのはまた別だからねー。」

。。。わかってますよ。
わたしはもうずっとその手のことを言われ続けてきてるんですよ。
「お勉強ができるのと仕事ができる(使い物になる)というのは違う」

これは、
「勉強ができても実際は役に立たない人が多い」
というのが暗黙の了解として前提になってる気がする。

だからわたしは「勉強ができるということが仕事にも役立つ」ことを実証したくてずっと頑張っているんだ。
そんなときにこの前提を持ち出されるともうどうしようもない。
なんで「勉強ができる」だけで「実際には役に立たない(かもしれない)」というフィルターがかかってしまうのだろう。

でも世の中にはそれと全く逆の極端な考えもまだまだ根強くて、
「勉強ができる=優秀=何でもできる」
的扱いを受けることもまだ、ある。

どうしてこう両極端なんだろうかなあ。

一般にはどうだか知らないけれど、わたしの場合は「勉強ができる」というのは「理解力」と「記憶力」によるところが大きい、と思う。
それは単なる特技というか能力のひとつであって、べつに特筆すべきことではない、とわたしは思っている。
要するに何がいいたいかというと、
そんな偏見(どっちの極端も)じゃなくて「今のわたしの」仕事をみてほしいなぁ、と思った次第です。

以上。


追加というか。。。

2003年2月15日
時間がたちすぎたから改めて追加。
でも話はまとまってないけど。

極端な話、「絶対に安全」というのはありえない、と思う。
でもその危険性がどの程度であるかを判断することは可能。
それを理解した上で選択すればいいだけのこと。

例えば(例として適切ではないかもしれないけれど)わたしが実験(仕事)で毒物や劇物指定の試薬を使うのも、適切に扱えば平気だと思ってるからでもあるし、でも後々どんな影響が出てくるかはわからない、ということは覚悟しているからでもある、と思う。
仕事に命かけてるとか、そこまで大げさなことじゃなくても。
それが、本当に万が一のことがあったら命に関わる仕事であったら、それ相応の覚悟になるだけのことだと思う。

何が言いたいのかというと、よくわからないのですが、
なんか世間一般の人は「絶対に安全」を求め過ぎているような気がしてしょうがないのです。
それだけ。


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